千葉県第2次5カ年計画において,千葉海浜ニュータウン構想が立案されたのは,1966年(昭和42年)だった. その構想をもとに,海浜ニュータウン幕張地区の埋め立てが1973年着工した. その後,1975年に幕張新都心基本計画が発表され,522.2ha(中心地区 437.7ha+拡大地区 84.5ha)にもなる土地開発のマスタープラン(幕張新都心基本計画)が固まった.
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そのマスタープランでは,成田国際空港と首都東京の中間点の立地を生かし,幕張メッセを核とした職-住-学-遊の複合機能が集積した国際業務都市が描かれていた.そして,日本最大級のコンベンション施設である幕張メッセ(当時は,沼田城ともよばれた)も1989年に完成した.
千葉スタジアム(現,QVCマリンフィールド)も1990年に完成した.
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今の幕張メッセは当初の目標を失いつつある. そのひとつが,東京モーターショー幕張メッセからの撤退だ. そのきっかけとなったのが,2009年10月23日-11月4日までの期間に幕張メッセで行われた第41回東京モーターショーだった. この期間中の総入場者数が 61万4400人で,前回比 56.9% 減の大幅な落ち込みとなったからだ.
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だが,これは幕張メッセの問題とは言いきれない...
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