福島県双葉郡大熊町と双葉町の,旧陸軍航空隊飛行学校磐城飛行場跡地などに設置されたのが,東京電力(東電)の福島第1原子力発電所(原発記号1F/福島第1原発)だ. 福島第1原発は,1号機から6号機まであり,さらに7号機と8号機の設置計画(未着手)があった.
福島第1原発は,核分裂反応によって生じた熱エネルギーで水を沸騰させ,高圧の蒸気として取り出す沸騰水型軽水炉(BWR)で,原子炉本体は米国ゼネラルエレクトリック社(GE)などによって設計された.
▼東京電力福島第1原子力発電所3号機は激しい爆発がおきた. ▼原子炉建屋の大爆発の映像が,全世界を振るえあがらせた.
しかし,2011年3月11日(金)14:46 に発生した東北地方太平洋沖地震により,福島第1原発も大きなダメージを受けた. だが,「ただちに影響がない」と説明している原子力安全保安院(保安院)が説明する会場のテレビには,福島第1原発の大爆発映像が生中継されていた.
▼関東圏の放射能汚染のほとんどは,2号機の原子炉格納容器の亀裂(もしくは爆発)だったことがわかっている.
原子炉を維持するための全ての電源を失い暴走し,つぎつぎに大爆発をおこした. 史上最悪の事故となってしまった. その後の原発事故調査(事故調)でも,「ただちに影響がない」どころか,「ただちに影響がある」状態だったことが明らかになっている.
▼米軍が飛行機を飛ばして測定した放射能汚染地図. ▼当初米軍は,この地図を日本政府に渡したと発表したが,日本政府はそのような事実はないと発表し,この汚染地図が政府から発表されることはなかった. ▼だが,その後汚染地図は存在し,日本政府に渡されていたことが発覚している. ▼このような隠ぺい工作の積み重ねがつぎつぎに明らかになり,日本政府の不信感となっている.
▼一筆書きのようになっているのは,米軍の放射能測定用飛行機が飛んため. ▼日本には,このような測定器すらなかった.
日本の中枢首都圏においても,おおきな被害がでた. 放射能が含んだ大気(プルーフ)が首都圏にも流れ込み,雨によって柏市や松戸などを中心に放射能汚染が広まった. 一部の外資系企業においては事業を停止しさせ,従業員や家族の一時帰国や一時西日本地区への退避をさせたところも少なくなかった. 日本の一部の企業においては,一時帰宅や自宅待機をさせたところはあったものの,ほとんど通常勤務させたばかりが,外での勤務をさせたところもあった.
▼山脈ぞいに,福島県福島市から郡山,那須,日光を経由して群馬県まで流れ,そして群馬県で行き場をなくした状況がわかる(右). ▼当初は,原発により近い栃木の野菜などえを避けて群馬産などを購入していた消費者も多かったが,実は群馬産の方がリスクが高かったことになる.
このような状況の中,千葉県の人口は減り始めている. 首都東京から30km圏の中で,最も放射能汚染が高かった場所は,柏市だった.
▼柏市一帯が,放射線量が高くなっているのがわかる.
東京電力福島第1原子力発電所の事故により,すっかり信用をなくした公的機関からのデータだが,隠ぺいできないデータもある. それが人口統計データだ...続きを読む
福島第1原発は,核分裂反応によって生じた熱エネルギーで水を沸騰させ,高圧の蒸気として取り出す沸騰水型軽水炉(BWR)で,原子炉本体は米国ゼネラルエレクトリック社(GE)などによって設計された.
▼東京電力福島第1原子力発電所3号機は激しい爆発がおきた. ▼原子炉建屋の大爆発の映像が,全世界を振るえあがらせた.
しかし,2011年3月11日(金)14:46 に発生した東北地方太平洋沖地震により,福島第1原発も大きなダメージを受けた. だが,「ただちに影響がない」と説明している原子力安全保安院(保安院)が説明する会場のテレビには,福島第1原発の大爆発映像が生中継されていた.
▼関東圏の放射能汚染のほとんどは,2号機の原子炉格納容器の亀裂(もしくは爆発)だったことがわかっている.
原子炉を維持するための全ての電源を失い暴走し,つぎつぎに大爆発をおこした. 史上最悪の事故となってしまった. その後の原発事故調査(事故調)でも,「ただちに影響がない」どころか,「ただちに影響がある」状態だったことが明らかになっている.
▼米軍が飛行機を飛ばして測定した放射能汚染地図. ▼当初米軍は,この地図を日本政府に渡したと発表したが,日本政府はそのような事実はないと発表し,この汚染地図が政府から発表されることはなかった. ▼だが,その後汚染地図は存在し,日本政府に渡されていたことが発覚している. ▼このような隠ぺい工作の積み重ねがつぎつぎに明らかになり,日本政府の不信感となっている.
▼一筆書きのようになっているのは,米軍の放射能測定用飛行機が飛んため. ▼日本には,このような測定器すらなかった.
日本の中枢首都圏においても,おおきな被害がでた. 放射能が含んだ大気(プルーフ)が首都圏にも流れ込み,雨によって柏市や松戸などを中心に放射能汚染が広まった. 一部の外資系企業においては事業を停止しさせ,従業員や家族の一時帰国や一時西日本地区への退避をさせたところも少なくなかった. 日本の一部の企業においては,一時帰宅や自宅待機をさせたところはあったものの,ほとんど通常勤務させたばかりが,外での勤務をさせたところもあった.
▼山脈ぞいに,福島県福島市から郡山,那須,日光を経由して群馬県まで流れ,そして群馬県で行き場をなくした状況がわかる(右). ▼当初は,原発により近い栃木の野菜などえを避けて群馬産などを購入していた消費者も多かったが,実は群馬産の方がリスクが高かったことになる.
このような状況の中,千葉県の人口は減り始めている. 首都東京から30km圏の中で,最も放射能汚染が高かった場所は,柏市だった.
▼柏市一帯が,放射線量が高くなっているのがわかる.
東京電力福島第1原子力発電所の事故により,すっかり信用をなくした公的機関からのデータだが,隠ぺいできないデータもある. それが人口統計データだ...続きを読む